谷中「全生庵」の幽霊画展でのぞく怪談の世界

台東区の端、荒川区・文京区と接する谷中地区は、レトロ好きや歴史好きにはたまらない情緒あふれるエリアです。
数多くの木造建築の中でも目立つのはたくさんのお寺。今回は、「全生庵(ぜんしょうあん)」で特色あるイベントが開催されていたので伺ってきました。

「近代落語の祖」三遊亭圓朝と全生庵

「全生庵」は、江戸城の無血開城の功労者として知られる山岡鉄舟によって、明治16年に建てられました。墓所には、鉄舟の墓があります。
そして、禅の修行において鉄舟に師事した落語家、三遊亭圓朝もここに眠っています。

三遊亭圓朝は、幕末から明治にかけて落語界で活躍した噺家です。圓朝が得意としたのは、複雑な人間の心を描き出す「人情噺」や「怪談噺」でした。
落語以外の芸術にも造詣が深かった圓朝は、怪談噺の創作の参考にするため、幽霊画を収集していました。
ご遺族によって「全生庵」に寄贈されたこれらの幽霊画は、普段は目にすることはできません。
ですが、毎年8月に圓朝を偲ぶ催し物、「谷中圓朝まつり」の1ヶ月間だけ公開されるのです。

はじめての体験、お寺で絵の鑑賞

お堂のわきに、手書きの看板がひっそりと立っています。幽霊画展はお堂の2階で開催されているようです。
靴を脱いで、階段を上がります。木造のお堂は、中に入ると外の日差しが遮られて少しひんやりと感じます。静かな雰囲気の中で絵を鑑賞することができそうです。

受付で拝観料500円を納めると、どことなくユーモラスなドクロのうちわがもらえました。
これは圓朝自身の作品である「髑髏図自画賛」の一部で、展示内で見ることができます。
展示室では、圓朝が怪談話の創作のために収集したものを中心に、江戸から明治の移り変わりの時期に活躍した絵師の作品が掛け軸にかけられています。
こんなに幽霊画ばかりが一堂に会する空間は生まれて初めてで、ちょっと緊張します。
絵師の生い立ちや鑑賞のポイントが解説文に詳しくまとめられているので、幽霊画であることを抜きにしても流派や技術など、興味深い点がたくさんあることがわかります。
ときどき引き返して見比べつつ、1点1点、じっくりと楽しむことができました。

幽霊も十人十色

何人もの幽霊に対面しているうちに、その個性の豊かさに気づきます。
「幽霊」と聞いてまずイメージするのは、白装束に長い髪の、足のない若い女性の姿ではないでしょうか。
特に、足のない幽霊の元祖とも言われている円山応挙の幽霊画は有名ですね。足にかけてスーッと消えていく、目鼻立ちの整った女性の幽霊です。見つけたとき、「あー、これ!」となりました。
他にも、人間の想像力と表現力の限り、幽霊にはいろいろな姿があります。
髪を振り乱さないで綺麗に結っていたり、足がしっかり描かれていたり。女性だけでなく男性もいます。
それから、表情にも注目です。怒りの形相で今にも襲いかかってきそうな幽霊も、虚ろだけれど目に確かな怨念がこもっている幽霊も、美しくただ物悲しげにたたずむ幽霊もいます。
私がいちばんひやっとした絵は、菊池容斎の「蚊帳の前に坐る幽霊」です。
夕方の薄暗がりの中、女性がぼうっと浮かび上がっています。身体が淡くて存在感がありません。こちらを意識する様子もなく日常に溶け込んでいる感じが、かえって怖いです。
「いる」のか「いない」のかよくわからない曖昧さが、こんなにもいろいろな幽霊像を人々に想像させてきたのかもしれません。

心ゆくまで幽霊画を見終えてお堂を出ます。
しっとりとした雨上がりの雰囲気が似合う、静かなお寺です。墓所の少し手前にあるサルスベリがとてもきれいでした。

8月の幽霊画展を狙って行くのはもちろん、谷中の散策ルートに組み込んで境内を見学させてもらうのも良いですね。
落ち着いた心で、時代の変わり目を生きた人々に思いをはせてみてください。

令和5年 谷中圓朝まつり
住所:東京都台東区谷中5-4-3「全生庵」
アクセス:JR京浜東北線、山手線、常磐線「日暮里駅」から徒歩約10分
東京メトロ千代田線「千駄木駅」から徒歩約5分
開催期間:2023年8月1日(火)〜2023年8月31日(木)
開催時間:幽霊画展10:00~17:00

※記載情報は取材当時のものです。変更している場合もありますので、ご利用前に公式サイト等でご確認ください。